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取引

平日の昼間、彼は安アパートの一室で寝そべりながらテレビを見ていた。彼は仕事をしていないのだ。正確に言えば仕事がなくなったのだ。
彼が高卒から十数年間勤めていた工場は業績不振で倒産してしまったのだ。

 

「死のうかな…」

彼は本気で言ったわけではない。しかし職を失ったため食べるあてもなく、家賃の支払いも滞っているため、可能性がない訳ではなかった。


「少々お待ちください」

テレビの横の窓の側に声の主が立っていた。

30代といったところだろうか。眼鏡にスーツ姿でセールスマン風の男が立っていた。

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「ここは3階っすよ。もしかして強盗すか?あいにくなんすけど金はないんすねー。家賃に困るくらいっすから。」

「いえ、私は悪魔でございます。」

 

 

おかしな話である。突然部屋にいた男が自分が悪魔だと名乗るのだ。

しかし1つ彼の容姿には不思議な点があった。それは、顔の変わったペイント。そして角が生えていたのである。

「その角、もしかしてハロウィンってか?うちに出すもんないっすよ?」
「私は悪魔です。あなたの願いを叶えに参りました。なんでも無料で成就致します。」

 

確かに3階になんの音もなく一人暮らしの部屋に入ることは不可能だろう。それに彼は食べ物に困っているほどの身分である。その話に乗ることにした。

 

 

「それってなんでも叶えられるんすか?」
「言葉の通りでございます。どうぞ、なんでも仰せください。」

 

 

少し悩んだ後、彼は答えた。
「楽して金を稼ぎてえ!あとは胸のデカい可愛い女が欲しいな!できんの?」
「かしこまりました。順次お送り致します。」

 

 

『それでは残りの人生、ゆっくりお楽しみください。』
そう言い残すと男は消えた。

 

 

それから間も無く、偶然出会った昔の友人の話に乗り株を始めた。リスクのある手段だ。だが彼には失敗する気はしなかった。あの男の言葉を信じたからだ。
見事に株で稼ぐことに成功。背は低いが可愛い彼女ができ結婚し、さらに3人の子を持つほど仲睦まじかった。さらに幸運は重なり、工場時代の同僚と食品会社を創業。小さな会社だが順調に売り上げを伸ばし、数年後には明日の食に困るほどの頃からは想像もつかない地位にまでのぼりつめた。

 

 

 

 

そんなある日。自らの築いた家のベッドに寝そべっていた時。ふと声がした。

 

 

『お楽しみいただけましたか?』

 

忘れるはずもない。突如現れたその男と出会ってから幸運が舞い込むようになったからだ。

「当たり前だな。ここまで来れたのはあんたのおかげだよ。感謝する。しかしあんた…」

 

男には妙な点があった。

まずは音も立てずにいつの間にか家の中にいること。そして、出会ってから10年ほど経っているのにも関わらず以前と全く容姿が変わっていないのである。

 


彼が疑問を抱えている間に男は話し出した。

「本日は請求に参りました。」

「請求…?」

「はい。お初にお目にかかった際のあなたの残り寿命は30年。自然経過が10年で残り20年、子ども1人につき3年1ヶ月、奥様の美貌値により10年と半年……」

 

 

「以上を差し引きまして本日が最終日でございます。」

「ふざけるな!!全部俺の力だ!!なんだ?殺すのか??」

「いえ、全て私の手立てによるものでございます。それにあなたを殺したりは致しません。ただ、幸福期間の終了をお知らせに参っただけでございます。」

 

男は淡々と続けた。
「これから不正が見つかり会社は潰れ、株も下落し、奥様ご子息とはお別れいただきます。この家も手放していただくことになりますが、あと30年は決して死ぬことはありませんのでご安心ください。」

 

 

彼の顔からは血の気が引き、何も答えることができなかった。

 

 

 

しかしその男が、その『悪魔』が、初めて表情を崩しこう言い残した。

 

『それでは残りの人生、ゆっくりとお楽しみください。』